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桐島聡【まとめ】指名手配犯の告白・・・時系列で追う

2024.02.24 更新
桐島聡【まとめ】指名手配犯の告白・・・時系列で追う

この記事はPRを含みます。

桐島聡【まとめ】指名手配犯の告白・・・時系列で追う

桐島聡とは、1970年代に連続企業爆破事件を起こした過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、爆発物取締罰則違反の容疑で指名手配されていた人物です。時系列でまとめると、以下のようになります。

  • ・1954年1月9日、広島県深安郡神辺町(現・福山市)に生まれる。
  • ・1972年4月、明治学院大学法学部に進学し、黒川芳正や宇賀神寿一と出会う。
  • ・1974年12月23日、東アジア反日武装戦線の「さそり」班として、鹿島建設本社ビルの爆破に関与する。
  • ・1975年2月28日、間組本社ビルと大宮工場の同時爆破に関与する。
  • ・1975年4月18日、銀座の韓国産業経済研究所の爆破に関与する。この事件が直接の指名手配の理由となる。
  • ・1975年4月27日、間組江戸川作業所の爆破に関与する。
  • ・1975年5月4日、間組京成江戸川橋工事現場の爆破に関与する。
  • ・1975年5月19日、東アジア反日武装戦線の主要メンバーが逮捕されるのを契機に逃亡する。
  • ・1975年5月20日、渋谷区内の銀行で現金を下ろした後、同31日に広島県の実家に電話をかける。これが最後の足取りとなる。
  • ・1989年と1990年、警察庁が過激派の爆弾犯、誘拐犯ら10人を指定の公開手配とし、桐島もその中に含まれる。
  • ・2024年1月25日、桐島聡と見られる男が入院しているとの情報提供が警視庁になされる。
  • ・2024年1月26日、男が神奈川県鎌倉市の病院に偽名で入院しているところを警視庁公安部によって身柄を確保される。
  • ・2024年1月29日、男が末期の胃癌で病院で死亡する。警視庁がDNA型の鑑定などによる本人確認を進める。

以上が、桐島聡の時系列でのまとめです。最後の5日間。何をどう考え余命を辿ったのであろうか・・・。50年にも及ぶ時間の中で何をどう考え暮らしたのであろうか・・・。指名手配犯の告白・・・最後の告白・・・。

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